藤井日達上人我是世尊使

日本山妙法寺

 日本山妙法寺と云う名は、私が海外に仏法を弘めた初めから付けました。今日まで何処に弘まっても日本山妙法寺と云う名を付けております。
 法華経の中に、法華経の弘まる姿が予言してあります。二千年の間は、印度から中国・朝鮮、アジア一帯に弘まります。「末法と云う仏様の滅後二千五百年を過ぎてから、法華経が日本国から又世界に広まって行く」という予言が有ります。其の時代は、人の心も皆濁り乱れて、互いに殺し合う技術が発達しまして、人間が自ら発見した戦争道具によって世界が皆焼け尽きてしまうと云う時代であります。此の時代を救う御釈迦様の教えを、法華経の中で言葉に結び込んで、霊鷲山で御弟子に「末法の時代に弘めよ」と云って付属されました。其の一つの言葉が、南無妙法蓮華経と云うもので、其の南無妙法蓮華経は、御釈迦様以来二千五百年、何処にも弘まらず、誰も弘めなかった教えであります。
 病いが軽い時には色々な薬が使われますが、いよいよ病いが重くなって最後の重大な危険を救う時には、簡単に結び込めた僅かの薬でなければ救われません。今までの仏教の救いが皆利益しなくなった時、南無妙法蓮華経の一つの言葉で、此の悪世の、焼かれて失われる時代の火を消す薬とされました。日本に生まれた日蓮聖人様が、御経文によって初めて南無妙法蓮華経と日本国で唱え出されました。末法の時代、戦によって人類が滅びて行く、此の苦しみを救わねばならない、と云う使命を申し出られました。日本に初めて唱え出された仏法―南無妙法蓮華経を、現代の世界の戦争の火を静める為に、世界に弘めなければならない。私、海外に仏法を弘めるのに、弘める南無妙法蓮華経と云う教えを型取りまして、日本山妙法寺と名を付けました。

国連本部前

ニューヨーク行進