中印戦争

【中印戦争】
 昭和三十八年三月十六日 日本山行進団御中
娑婆往来八千遍の菩薩行をおもう時、時機未熟にしてこの行進が不成功に終わるとも何の遺憾もありませぬ。我等の菩薩行はなお七千九百九十九遍此の道を往来して恥ずかしい事はありませぬ。首相に会見して文書を手交致しました。
我が言う所は、採用されぬ事は万万承知でありますが言わねばならぬ我が責任をおもいます。首相も玄関迄身送られました。一代の名宰相の胸中察するに余り有ります。
鎌倉幕府の最明寺や時宗は、たとい大聖人の諫言を採用せなかっても亡国国家は免れました。
返す返すも毘農婆が軍隊以前に国境紛争地帯に行進してシャンテーセーナの実態を示したならば、此の大国難を救う事が出来たでしょう、とおもうにつけてブーダン運動の小善が彼の世界平和の大善を修行する事を妨げたわけであります。日本山は五河州地方にも亦、本意を達する事が出来ず、インドの為につきぬうらみを懐いて日本に帰ります。
春風を迎えてたかし竜登り
花見んとおもはざれども
敷島の大和に春は立ち帰りけり

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