原始生活

原始生活

悉多太子は、菩提樹下に吉祥草を敷いて結跏趺坐し、自己心中の無明煩悩を断尽くして。無上菩提を證得せん事に専念し給ひ、金剛不動の大禅定に安住された。自己の生命防衛の法も構ぜず。魔軍に対して大慈大悲の心地を磨かれた。

悉多太子の大慈大悲こそは、一切の魔軍を降伏し、あらゆる殺人破壊の兵器を無用化せしめたる不可思議の神通力であった。誰人にも人間には此の神通力が有る。これを悉有仏性と云う。

仏滅二千五百年には時代救済の為に遣わされたる仏陀の遺弟=比丘・比丘尼は、原爆水爆を始めとして諸々の残忍なる殺人兵器を擁する大魔軍の中に於いて何を為すべきか。経文には「此の人久しからずして、必ず当に草を取って道場に座し、諸々の魔軍を破すべし」と説かれて有る。現代の降魔にも、潜水艦・飛行機を必要とせざるのみならず、一切の防衛工作を必要としない。彼の自然に茂れる一樹の木陰に往き、路傍に生じたる幾茎の草を取って褥となし、其の上に打座し、ひたすら大慈無量心・大悲無量心の成就せん事を心に掛けて、大法の鼓を撃つべきである。至極の機械文明の弊害を救うものは、又至極の自然生活・原始生活の中に有る。法華経には分明に「此の大法の鼓の妙音は、一切の魔軍を降伏し、一切衆生を老病死の海。別しては原水爆の横難横死から度脱せしむるであろう」と記されて有る。

      昭和三十二年三月「仏滅二千五百年」

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