藤井日達上人
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アヒンサ 3

アヒンサ 3 (昭和三十八年頃)
中印国境紛争についてこれを案ずるに、中共は元来殺人破壊を前提として社会革命を遂行せんとする唯物主義の暴力的国家である。インドは元来非暴力を前提として政治革命を達成せる道徳的平和国家である。
すなわち平和の手段をもって平和の目的を達せし革命歴史上空前の平和国家である。
かくのごとく建国の基礎を異にする中印両国の紛争は、暴力と非暴力との対決であり、殺人と不殺生とのトーナメント(競技)である。
「諸君が、外国の侵略に対するには武器を採るより他に方便はないと考えたり、または日々起こる騒擾・暴動・反目の鎮定には、武器なくしては不可能であると考えるならば、それは誤解も甚だしいものである。
組織だった非武装の抵抗は、深夜家宅に侵入せる盗賊に対するよりも、容易に処置ができ、それが最高の形式のアヒンサと呼ぶに相応しいものである」
「外国の侵入に対して、インドは防衛力を持っていないという者がある。私は彼らが非暴力を信じぜざることを知って落胆した。非武装のインド民族がこの広い分野において、非暴力運動に集結することが、インドを護る唯一の武器であると信ずるものである」
「インドの好戦的な人々はどうであろうか、と不信に思う。私はそれゆえにこそ、会議派の人々が祖国を防衛する為に努力すべきことは、シャンティ・セーナの結集であるという。これは全然新しい防衛の試みである。会議派の他に誰がそれをなし得ようか。会議派は一つの分野において成功した。もしわれわれが非暴力部隊を充分に訓練していたならば、この新しい分野において成功することも。また確実である。」
「問一、強力な独立国家インドは、自己保存の手段としてサッティヤグラハを国の手段として採用する時に、インドは他の独立国家によって、あるいは侵入されるかもしれない。そのとき、いかにして自国を防衛するでしょうか。辺境において侵入軍勢に対抗すべくサッティヤグラハ的行動形式はどんなものでしょうか。あるいはサッティヤグラハ運動者達は敵手が国を占領してしまうまで、行動を差し控えるでしょうか。
答。私は国家は人民の大部分が非暴力であれば、非暴力を基礎として管理され得ると信じる。インドはそんな国家になる可能性を有する、広い世界の中において唯一の国である。
インドが純粋の非暴力を通じて独立すると仮定すれば、インドは同じ手段によってそれを保持することが出来るであろう。もし最悪の事が起これば、非暴力には二つの道が開かれている。第1の道は所有物を譲渡する、しかし侵入者と協同しない。
このようにネロの現代版がインドに下れば、インド国家の代表者たちは彼を侵入させはするが、人民の援助は何も得られないぞというだろう。人民は服従よりもむしろ死を選ぶであろう。
第2の道は、非暴力的方法を訓練されてきた人々による非暴力的抵抗であろう。彼等は侵入者の大砲の前に糧秣(りょうまつ)として非武装で我が身を差し出すだろう。
両方の場合、その根底にある確信は、ネロといえども全く慈悲心がないとは考えないということである。男女みな侵略者の意思に身を保全するよりは、天真に死んでいく。その思いがけない、後から後からと続く光景を見ては、その侵入者の兵士といえども心を和らげるに違いない。実際的に言えば、この場合、武力抵抗するよりも人的損害が恐らくは少ないであろう。
軍備要塞の支出は全然ない。人民がかく訓練された時、その道徳的水準は想像もおよばぬほど増すであろう。その男女たちは武力戦争において示されるものよりは、はるかに優れた種類の勇敢さを示すだろう。どの場合にも、勇敢さは他人を殺すことにあらずして、自己が死に赴くということである。
アヒンサという法則は、国境や国土を防衛する法則ではない。アヒンサ(非暴力)という法則は、人類の生命を守る法則である。近くは国民の生命を守り。広く世界人類の生命を守る法則である。」
「私は貴方たちが敗北したからいうのではなく、戦争なるものが本質的に邪悪なるがゆえに、戦争停止を訴えるものである。貴方たちは戦争に勝つことではない。なぜなら貴方たちは、ナチスよりもさらに冷酷にならなければならないから。
いかに正義のためとないえ、昼夜間断なき無差別の殺人破壊は、決して正当化されるものではない。今日行われている非人間的な戦争を、正義と呼び得るはずはない。私は英国が負けることを希望もしていない。貴方たちが、ナチスとその醜い戦争を行うことを望まない。私は貴方たちに最も勇敢なる兵士に相応しく、より気高く、より勇敢な道を示したいと思う。
私は貴方たちが非武装にして、非暴力の武器をもってナチスと戦われんことを望む。貴方たち自身、ないし人類を救わんがためには、その手にしておる一切の武器を、全然不要のものとして放棄せられんことを希望する。
貴方たちの国家を略奪せんとしておるヒットラーやムッソリーニを招きいれ、その沢山の美しい建物の建っておる美しい国を、彼らに与えてしまいなさい。
もしナチスが貴方達の家に住みたいというなら、その家を明け渡しなさい。
また、われわれよりもずっと賢明なる貴方達は、このアヒンサという比類なき新しき武器をもって、ドイツやイタリアの友人に対する方針とせられたならば、実際、過去数ヶ月の欧州の歴史は異なったものとなったであろう。欧州には無辜の人々の血と、小国に対する暴行と、増悪とは、なくてすんだであろう」
以上は、第二次大戦の初めにマハトマ・ガンジー翁が英国に訴えた言葉である。今日、私はこの言葉を挙げて、インドの諸君に訴えたいと思う。もしこの言葉が中印国境紛争解決に利益することがあれば、私の本望である。
     (昭和三十八年頃)


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ブッダ

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キング牧師 

アヒンサ 2

アヒンサ 2
欧州文明の華々しいネオンサインの中に近代国家と称するものが現れた。かくのごとき強大なる国家群が地上に続々と現れては、彼等は羊の如く柔和に、小鳥の群れのごとく明朗に、共存共栄する道理はない。
国家自衛のためにと言って、一切の学問技術はすべて殺人破壊の研究に向けられ、強大なる国家の特権として極端なる殺人破壊の手段が採用されつつある。それは原水爆と称する核兵器の競争・実験・使用、その他の核兵器の発明である。核兵器の実験による被害がいかに多くの人類に災害を与えつつあるかを知って、民衆は大挙して反対を叫べども、かの強大国は馬耳東風と聞き流して、ますます人類一般に危険を与うる程度を深めつつある。
かくのごとき近代諸国家群は、自ら好んで「反宗教」を標榜する国家もある。共産主義諸国はすなわちそれである。しかざる国家といえども、国防自衛の唯一の基本となる時に、これと反対する不殺生・非暴力を教うる宗教は、国家の方針とは完全に分離されねばならない。かくて近代国家はいずれも無宗教化されてしまった。近代国家とは自衛の名を借りる殺人破壊の大集団にほかならない。
アヒンサ(不殺生・非暴力)は元来、宗教の根本原理である。近代国家が無宗教・反宗教なるときに、アヒンサを国家の基本方針として、国際問題なかんずく外敵の侵略というがごとき、それはどこにも起こり、いつでも起こりつつある、現実の恐ろしき新天地に採用することは出来ない。この時インドは果たしていかがすべきであろうか。
一般国民はもちろん國家の指導者達も、個人としては信心深く宗教的倫理体系を認めながら、ことひとたび国家の行政・外交問題となっては、宗教的信仰は閑却され、国防自衛の手段としては、全然無視されておる。ここにおいて平和なる市民も紡車(チャルカ)を捨てて銃剣をとり、いまだかって牛馬をさえも殺さなかった青年が、もって他の人間を撃つようになった。実に現代の悲劇である。
近代国家の防衛と称するものは、今日、核兵器の時代においては直ちに人類自滅の終着点に向かって暴走しつつある。しかもこの危険を抑止すべき制動器は現代文明の中には何処にも見出されない。
しかるに人類はいたづらに自滅せんがために努力しておるものではない。人類自滅の暴走を抑止すべき制動器は、古来、多くの聖賢・諸仏・菩薩たちによって到るところに簡単に備えつけられた。これを宗教と呼んで人類は信奉し随順して自滅の災害を免れてきた。
宗教の根本原理は、個人の道徳的生活の基準を示すと同時に、さらに広く社会的・国家的、ないし世界的に発展し繁栄すべき方向・目標を与えた。仏教においては個人的倫理体系を毘奈耶奈と名づけ、または小乗宗という。社会的・国家的、ないし世界的発展法則を摩訶耶奈と名づけ、または大乗という。

大乗に指示する究極目標は、個人的には成仏往生といい、世界的には寂光浄土という。現実を離れずして現実から飛躍する。
人類進化の究極目標は、進化論には少しも指示されていない。現代科学が目標なくして、みだりに進化発展するところに危険がある。
かの無数の巨大なる怪獣、恐竜の類は、自己保存のためにみだりに進化し発展して、かの恐るべき無敵の武器暴力を作り出して、これによって自ら亡び去った。今日、猛獣毒蛇の類が次第に地上からその醜き姿を消しつつある所以も、彼らがみだりに進化発展せしめたる自己の武器の災いによる。
しかるに他方、その身に何ら自己防衛の武器うを持たない人間が今日地上に繁栄しておるという現象は、これひとえにひとろり人類には宗教があったからである。人類は宗教の指示せる目標に到達せんがために、常に奮闘せしがゆえである。
もし人がアヒンサの法則を棄てて、単に暴力に頼って自己保存の手段を採用するならば、人類の自滅は必ずしも今日を待たずして刀槍を発見せし時に既に自滅し了ったであろう。しかもその危険を救いしものは、他の武器や暴力にあらずして、アヒンサの宗教的信念が人の心の中に威力を発揮せしがゆえである。
    (昭和三十八年頃)


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ガンディー

アヒンサ 1

アヒンサ 1
私は日本国から来た一個の巡礼者であります。私は三十余年以前に、日本国の仏教徒の一比丘としてインドに渡り、各地の仏蹟を巡礼致しました。なかんずく王舎城耆闍崛山は、私が不断に唱えておる南無妙法蓮華経の経典を八か年にわたって釈尊が説法したまえる霊場であり、またこの南無妙法蓮華経を仏滅後二千年を過ぎて末法と名ずくる悪世、闘諍堅固と名ずくる人類自滅の戦争の時代を救わんがために、釈尊がお弟子に付属されし霊場であります。
その付属を受けし仏弟子は時を隔て今より約七百年以前に日本国に生まれて、日蓮と名乗って南無妙法蓮華経を弘通しました。
私のためには王舎城耆闍崛山は仏蹟中の第一の仏蹟、聖地中の聖地であります。しかるに釈尊成道の地仏陀伽耶にも菩提樹あり大塔だあり、初転法輪の地鹿野苑にも古きダメク塔婆や新しき塔婆や学院が建てられました。御誕生地藍毘尼園も近来発掘され、宿院・博物館も建設されつつあり、ご入滅の拘尸那城にも古き塔婆があり、涅槃堂があり、新しき精舎・宿院が建てられてあります。近くナーランダも発掘が進み国際的大学も立ち博物館もあります。祇園精舎や霊鷲山のみはただ雑木林の中に荒廃するがままに放置してあります。
およそ一代聖教五十余年の説法の中においても、ひとり法華経は釈尊出世の本懐を説くとおおせられました。
その法華経の寿量品の中に釈尊自ら分明に、その処を指定して「常に霊鷲山に在り」と説かれてあります。この経文を拝見する時に、霊鷲山の荒廃は仏弟子として耐え難き悲しみであり、苦しみでもあります。なんとしてもこの霊鷲山を復興して「常にここに在って法を説く」とおおせられし金言を、髣髴として実現させぬばならぬと誓いました。

しかしながら微力にして遂に今日まで何も成就することも出来ませんでした。
しかるに去年六月中旬デリーにおいて核兵器反対集会がガンディー平和財団によって開催され、私もまた日本国より招待を受けて参加致しました。
その時、たまたま王舎城復興計画が発表されました。いよいよ霊鷲山が現代的荘厳をもって釈尊在世のご説法の昔を今日に移すことになりました。なんという感激でありましょう。私ひとりのみの感激ではありません。およそ法華経を読める各国の人々、ないし仏教を信ずる世界の人々のために限りなき感謝感激であります。
今晩、日印協会が主催されて私のためにこの歓迎会を開かれ、各位のご参列をいただいたことを深く歓喜いたします。この歓迎会の席において一言インドの諸君に訴えることを許していただきました。
私はインドについてインドの諸君にお話することはおこがましくも思われますけれども、インド独立の父マハトマ・ガンジー翁のお言葉を引用して、私の意見んに代えたいと思います。
今度、私がインドにまいりました理由は、その光栄ある王舎城耆闍崛山の復興の祭典に列席するというだけのことではありません。去年十月以来、中印国境線において紛争が起こり、ついに戦争行為にまで発展致しました。これに驚いて取るものも取り敢えずインドに渡り、一日も早く戦争を終結せしめインドの平和建設のために犬馬の労をとって奉仕せんがためであります。
「非暴力の信奉者が侵略者と自衛者とを区別することは、あえて差し控えるのみならず、かえってそれが義務でさえもある。しかして非暴力の態度をもって自衛者に味方し、結局、自己の生命をなげうって自衛者を救わんがために与えるであろう。彼の干渉は多分その勝敗を早く終結せしめ、闘争者たちの間に平和をもたらすことさえもある」(ガンディー翁『人類愛の律法』戦争目的について、一九三九年十月一六日)私も及ばず乍ら一個のアヒンサの信奉者として、中印国境紛争に関して奉仕したいと願うものであります。
   (昭和三十八年頃)


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霊鷲山

インド国ニューデリーのラージガート仏舎利塔地鎮祭

 インド国ニューデリーのラージガート仏舎利塔地鎮祭
 
私の一代の仕事はインドに仏法を復興する、という誓願に尽きるようであります。
これは日蓮大聖人様の「日本の仏法、月氏へ返るべき瑞相なり」(諫暁八幡鈔)のご誓願でありました。大聖人様ご入滅から今日、実に七百年をへだてました。
七百年間、日蓮大聖人様のこのご誓願は空言になって実現しておりません。
七百年後の今日、ようやくそれが実現しました。その時に私は生まれ合わせて、このご誓願を拝み、自分の誓願として「西天開教」という名のもとに一生をインドの仏事に捧げました。
今日行きますところはニューデリーのラージガートと申します。ここには独立インドを最近造り上げましたマハトマ・ガンジー翁、ネルージー、これらの人々のお墓があり、その傍に仏舎利塔を建てたいというお話が前首相のデサイ氏に受け入れられ、いよいよこの10月2日のガンディー翁の誕生日に地鎮祭を行う予定でありました。
しかし、この方は7月15日に首相の座を下り、チャラン・シン氏が首相になりました。
別にこの方もこの事に反対ではないのですが、事務的な手続きがそこまで進まなかった
ようです。けれどもすでに宝土は決まっております。
この10月2日にはラージガートに大統領も首相もみな集まり、生誕祭の式典を催します。
この式典の主催はインド政府ですが。「南無妙法蓮華経」の唱えの言葉から始まっります。

そこで私の出発に前後して日本から巡拝団が参りますが、これに参列いたします。
その後、地鎮祭とは言えませんが予定地を拝んできます。これがデリーの仕事であります。
相手がインドの政府でありますので、こちらの思うようにばかりもいきません。時が来るのを
またねばなりません。 (1979年9月28日)


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ニューデリーの仏舎利塔 

マハトマ・ガンジー翁と祈り(2)

 それが近頃になりましてインドはいつも戦争ばかりしております。困ったことであります。最近、私はインドへまいりました。そしてガンディー翁の跡を継いでいるヴィノバという人に会いました。この人は私たちのことをよく知っていて、私に百姓のできるお坊さんをインドへ寄越して欲しいと頼まれました。
農業を指導して、お祈りをする人と言いましても、ちょっと見当たりません。
で、送れずにおります。そこで私は話ができませんからヴィノバに手紙を差し上げました。その中で私は「ガンディー翁が在世の頃は人が大勢集まる所では必ずお祈りがあった。それが最近ではなくなってしまった。」と言うことを書きました。ヴィノバはバラモンの出で、私も何度かお話しの席に出ました。
けれども、そこではいつもお祈りがなくてお話があります。
現代のインドにおいて最も大切であるべきこのお祈りが失われていることを、私は悲しく思いました。これは悲劇であります。仏様神様を拝むことが軽視され、代わりに黙祷なんていうことを採用して、お話の前に形式的に目よています。簡単でうおいようでありますが、この祈りが廃れてきた現象はよ喜ぶべきことではありません。
ここに今日のインドの間違いが兆しているのです。武力をもって戦争をやり、血を流して自分の言い分を通そうとしても、それは成功しません。こうした考えは、もはや西洋人や日本人と少しも変わりません。修羅根性であります。
この争いを食い止めていくのがお祈りです。仏様神様の前にまず謙虚な気分を作っていく。この肝心なことがインドにおいて廃れて来たことが、今日のように武器を取って事を解決仕様とする態度になっているのです。
ガンディー翁はお祈りをすればやがてインドは独立すると言いましたが、当時はほとんどの人が信じられなかったのです。いつも疑いをもっていました。亡くなったネルー首相がこれを信じきれなかった。インドは一兵も持ってはいけない。軍隊は絶対に置くべきでないと言うガンディー翁の意見に対し、ネルーさんは騒動が起きた時、それを鎮めるのに軍隊がなくては鎮める事が出来ない。お祈りをしていれば鎮まるなんていうことは信じられないと言って、結局、それでガンディー翁と意見が分かれてしまいました。
ガンディー翁の言葉を空論として、みんなはネルーさんの考えを支持しまた。
ところが軍隊と言うものは持ったが最後、どんどん大きくなって行きます。軍人はわがままになっていきます。日本でもそうでしたがインドも同じ事をやっております。最近のインドネシアが良い例です。軍隊が力を頼りに威張り始めると、とても手がつけられたものではありません。
人々は側にもよりつけられたものではありません。こうした気分になりますと必然的に戦が生じてきます。敵を侮り、自ら驕ります。こちらの言うことを聞けという気分になり、それを力で推し進めていきます。そして戦が絶えず、世の中が乱れていきます。
日本は戦に敗れました。しかし今また自衛をするんだと言って軍隊を養っております。自衛というのは戦を意味します。戦によって今日、国民が守られていくという事実は何処にも見当たりません。
ベトナム戦争でも一番大きな被害を受けているの者は、女・子供たちです。守られるべきはずの人々が一番多く殺されております。どこえ訴えようもなく泣き寝入りのほかしょうがない現状であります。戦が起これば国民は守られるのではなく、みんな殺されます。
武器を持たねば殺されるというなら、それで殺されればよいのです。拝んで殺されていかねがならない。祈っている者に爆を投下しません。相手も手を控えねばならなくなります。これが人間の文明というものであります。
人間はもはや戦争手段において行き詰まりました。これからは新たに生きていく道を求めねばなりません。それは平和の道を求めることです。国際的に平和を作っていくことです。政治家は平和を作らないで戦争を作ります。その政治家の創り得ない道を目指して、われわれは心の平和を作っていかねばなりません。これが我々国民一人一人の仕事です。
この力はやがて日本国の大きな力となり、世界の利益となっていきます。現代は人を殺すことが勝利となる時代ではありません。

浄心にわが心を信じ、仏様神様の存在を信じていく。無限の絶対の力を信じていく以外に、人類が救われる道はありません。平和に我が心を静めていく力、これが一人一人の中に宿るとき、真の世界平和は自ずと築かれていきます。
                         (昭和四〇年頃)


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マハトマ・ガンジー翁 

マハトマ・ガンジー翁と祈り

 私は若い頃インドにいっておりました。ガンディー翁のアシュラムに奇遇しておりましたが、大勢集まった中でガンディー翁はお話をされます。私は言葉がわかりませんでしたが、簡単なことはどうにか理解できました。
それはお祈りをしなさいということでした。「お祈りをしなさい。お祈りをすることが一番よいことです」これをガンディー翁は繰り返し話されます。それが翁の独立運動でした。私もガンディー翁がお話をされる前に太鼓を打ってお祈りをしました。それを見てガンディー翁も喜びます。集まった人達も何かわからないながら、日本人の打つ太鼓と大きな声でお祈りするのをみんな侮らずに聞いてくれました。
そうして誰もがお祈りを大切にしました。
「お祈りをしなさい」これがガンディー翁の政治演説であり、独立運動でした。みんなも翁の言葉に従ってお祈りをしました。翁は何処に行っても、例え汽車の中でも、日に三度のお祈りは欠かしたことがありません。
ガンディー翁だけでなく、みんなも一緒にお祈りをしている姿を見て、私はよくよくこれはありがたいことだと思いました。
二〇世紀における科学の発達はめざましいものがあります。この時代に革命を志して、しかも民衆を率いて行くのに「お祈りをしなさい。それが正しい運動だ」ということは大変理解しにくいことです。
誰も考えないことでしょう。しかし。さすがにガンディー翁はこの祈りを独立運動の根本として、あの偉大な成功を一滴の血も流さずにおさめました。
たとえ成功しないにしても、これはよいことです。しかし。この祈りの力によって、あの平和革命は達成されたのです。
 (昭和四〇年頃)


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マハトマ・ガンジー翁
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