藤井日達上人
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宗教的生命

宗教的生命
この間、インドの今の首相、モラルジー・デサイと言う。今井上人が堀内上人に話したのに、「わしは政治的な生命は何も求めいていない、それは例え政策をあれこれしてみても、その場その場で変わって仕舞う。生命の無いもの。で、我が生命の永いものは、どうしても宗教的なものでなくてはいけない。これは王舎城の復興、この仕事こそ、我が志した大きい生命なんだ。晩年の仕事、それをせねばならない。それだけ考えて、それだけ皆んなに話しておる。宗教的な生活、それが永く生きる。その証拠に王舎城にあの宝塔を建てた。」元来、あそこは虎の住み家で、インド教徒なんかは参った事もなかった。それが一度宝塔が建ちますと毎日何百人も参ります。そうして参った人が皆んな喜んで帰る。それだから又次に来る。この不思議な力がどうも分からない。自分達も分からない。ここに宗教的ないわゆる功徳と言いますが、こういうものがある。で、宗教的な生活を経営する事、あなた方は、若い人達でありますけども、不思議な縁があってこの宗教的な生活を自らの手で運営する。余り人から頼まれたのでもなければ何でもない。
一昨日来ました堀内上人がここへ来た。「私は、この仏事に縁がありませんでした。」或る人が又出て来ました。それは、天の毘首羯摩天、工事の工作の出来る人、それが地上に降りて来ました。「来て見たら宝塔様が出来て居りました。」そう云う不思議な事がある。それが、因縁の人がこの宝塔を建てる。皆んな自分には判りませんけど不思議な因縁があって、この地に来、この仕事に携わりました。これは千年、二千年の間に、未だかって無かった事であります。
楞伽に御仏舎利塔が各地に建って居りますけれども、この山に建ったのは、歴史あって以来、初めてであります。そうして参詣の人が皆、これからお詣りするようになります。宗教的なお仕事であります。自分の仕事を高く評価せねばなりません。金を貰って済む仕事は、金だけの価値より外、見出しません。我が身、法華経の修行を知る。宗教的生命の根源を掘り起こして行きます。尊い仕事でありました。
(昭和五十二年十一月四日 仏足山)

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