藤井日達上人
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己心の十界一念の三千

          【小池敏法師へ】 昭和九年三月彼岸日
 
末法にては、仏事と魔事とは極めて相似候。唱題修行の功徳にて自然に魔事を転じて仏事とするより外に魔事を逃れる途も無之候。魔事を挙げて仏事と謂うは誠に悪魔の眷属にて候。魔事を魔事と識って解脱することが仏法の御修行にて候。己心の十界一念の三千にて候えば、魔事と申し候とも我心の正体あらわれてゆくより外のものにては無之候。畏るべきは我が心にて候。もし我が己心清浄にして三千の諸法縁起する時には、善悪ともに善となり、順逆倶に順となり、怨親倶に親となり候、孔夫子も仁者は敵無し、と申され候。
我等が争うべきものは仏法の邪正国土の興廃等の問題のみなるべく候、その他の事に心を置き、時を費やして論議する事、総て魔事にて候。法華経の読誦解説すら猶お廃捨致して日常の行持とせざる我等の今生に於いて何とて無益の雑談に耽るべき。無戒の戒体とは如来の制戒を謹慎に護持すること能わざる我が身の浅ましき因縁を低頭懺悔して悲しみなげく心品にて候。この柔軟の心地無き時は、徒に破戒のみありて仏法は無之候。

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