藤井日達上人
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わが非暴力

われわれが、これからインドの人々のあいだに南無妙法蓮華経を伝えていくのは、あるいは、むずかしいことかもしれません、だけれども、そのことが成功するか、しないかは当面の問題ではない、私の使命は、ただ御題目をインドの人々に伝えていくだけであります。結局インドに仏教を復興するというのは、どの角度からやってもよい、私は私の角度からやる、それで結果がどうなるかは後世が検討すればよいのです。・・・・・・・仏法としては、最も重要な菩薩行である布施波羅蜜という衆生済度の第一歩を、すっかり忘却している、ここに今日の日本仏教衰微の最大の原因があります、私は日本山に参って来る人々には、努めて泊めてあげるようにしています、泊めるだけではなく、食事もあげるようにしております、なかには警察でも手に負えないような不良がやってきます、警察の方でも、そういう始末に負えないような手合いを日本山に送り込んでくる、日本山ではそういう人間でも、ことわらずに受け入れて、太鼓を打って御題目を唱えさせます、これはそれで一応は食と住が満たされるのですからいいはずなのですが、それでも満足せずに、大勢の参詣者があって団体で宿泊したりしますと、お客さんの外套とか、時計とか、貴重品を盗って逃げる者があります、たまにではなく、しばしばそういう事件が起こるのですが、これもやむをえないこととして、私どもでは辛抱して、来る人は受け入れているのであります。・・・・・・・・・・・ただ私の信念は、御題目を唱えて、日本を救わなければならない、ということだけだからです。・・・・・・・・・・・そのうちにひとつの動かしがたい考えが浮かんでまいりました、それはどういうことかと申しますと、日本国と云うものには、中心がなければならないが、それは皇室をおいてほかにはない、そしてまた日本国土と云うものを考えると、其の中心は当然富士山である、現在は富士山麓はアメリカ軍が射爆演習場にしておりますが、あの場所が平和で祈りの場にならない限り、日本に平和はこないと思います。

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