藤井日達上人

輿 船 田 中 書

輿 船 田 中 書

 防衛庁の目的は日本国土と日本民族とを戦争の惨禍から免れしめんが為である。
アメリカ軍隊の駐留及び英軍事基地設定も亦此目的に外ならないものと云はれる。
 此の如き軍事的目的は世界各国何れも長い期間採用して来た常套手段であつた、併ら今日に於ては其等の軍備戦争機関は再検討を要する時となり、明日の安全と平和とを護らんが為には別の方便をエ夫せねばならなくなつた。
 戦争の原因は人の心である、国際間は相互に不信と猜疑と対立に憎悪と恐怖との心が積み重なれば結句国際的戦争行為をひき起す。
 日米安全保障条約は正しく戦争誘発の條約である。「在日米軍は一又は二以上の外国による教唆は干渉に由て日本国内に引起されたる大規模の内乱騒擾の鎮圧、外部からの武力攻撃に対する日本の安全の為に使用する」。
 近い将来に於て何等大規模の内乱及び外部の攻撃を予想されないにも係らず、日本国内にアメリカ軍の駐留を請ひ、一方的な軍備を強化する事は国内的には内乱騒擾を、国際的には徒に外部の侵略を想定して内外ともに不安と混乱とを増長せしむるに役立つのみである。
 行政協定は米国の陸海陸三軍の基地を此狭隘なる日本国土の内外に無制限に無数に設置し、其費用は日米折半に負担し、交通々信電力を侵略的に米国に使用せしむる協定である。
 日本国は開闢已来斯る屈辱を被らざりし歴史的尊厳、日本の神聖を信じて来た民族であつた。然るに此協定に由て、国土の神聖は侮辱せられ、農民の農園、漁民の水域を侵略して彼等の生活を破壊したるものがアメリカの軍事基地である。但だ彼等民衆の生活が破壊せらるゝのみならず、社会道徳習慣は踏み躙られ、婦人は堕落させられ、男子は軽賤せられ、其害毒は遂に忍び難きに到つて無辜の農民漁民の苦悩の叫び声は全国津々にたかまりつゝある。
 貴官今にして猶且耳を掩ふて農民漁民の苦悩の叫び声を聞くことなくして、世界に比類なきアメリカの飽くこと無き侵略を助長せしむるならば、結句日米両国間相互信頼の感情を喪はしめ、却て両国相互に嫉視反目の禍因を作るであらう。
 貴官は少くとも日本民族の苦悩の叫びを告げて.アメリカの横暴貪婪を阻止して基地の返還を強剛に要求することが貴官の天職である。斉く近代国家の苦悩とする所は専ら軍備負担の加重である、されば軍縮会議提案の要請も亦此にある。然るに日本国に於てはアメリカの強制に由て、ひそかに不戦憲法の網を潜つて作り出されたる軍備を防衛庁と称しておる。
 已来日々甚大なる国税の濫費を行ひ、防衛の名目を以て合法的に日本民族の生産を掠奪する強盗団と化したるかと想はしむるものがある。
 真実に日本国土と日本民族と、内には内乱騒擾、外には外国の侵略を免れしめんが為の防衛は、防衛庁の廃止であり貴官の退職を先決条件とする。
  昭和卅一年太才丙申七月八日
            日本山妙法寺 沙門  藤 井 日 達

防衛庁の廃止こそ外国からの侵略を防ぐ

防衛庁の廃止こそ外国からの侵略を防ぐ
 與 船田中書(船田中に与うる書)昭和三十一年太歳丙申七月八日 
 日本山妙法寺沙門 藤井日達
防衛庁の目的は、日本国土と日本民族とを、戦争の惨禍から免れしめんがためである。アメリカ軍隊の駐留、及びその軍事基地設定も、またこの目的に外ならないものと云われる。
此の如き軍事的目的は、世界各国いずれも長い時間、採用してきた常套手段であった。しかしながら、今日においては、それらの軍備戦争機関は再検討を要する時となり、明日の安全と平和とを護らんがためには、別の方便を工夫せねばならなくなった。
戦争の原因は人の心である。国際的間は、相互に不信と猜疑と対立に、憎悪と恐怖との心が積み重なれば、結句、国際的戦争行為を引き起こす。
日米安全保障条約は、正しく戦争誘発の条約である。「在日米軍は、一または二以上の外国による教唆、または干渉によって、日本国内に引き起こされたる大規模の内乱騒擾の鎮圧、外部からの武力攻撃に対する日本の安全のために使用する」
近い将来において、何ら大規模の内乱、及び外部の攻撃を予想されないにもかかわらず、日本国内にアメリカ軍の駐留を請い、一方的な軍備を強化することは、国内的には内乱騒擾を、国際的には、いたずらに外部の侵略を想定して、内外ともに不安と混乱とを増長せしむるに役立つのみである。
行政協定は、米国の陸海空三軍の基地を、この狭隘なる日本国土の内外に、無制限に無数に設置し、その費用は日米、折半に負担し、交通・通信・電力を侵略的に米国に使用せしむる協定である。
日本国は開闢以来かかる屈辱を被らざりし、歴史的尊厳、日本の神聖を信じて来た民族であった。然るに、この協定によって、その国土の神聖は侮辱せられ、農民の農園、漁民の水域を侵略して、彼らの生活を破壊したるものが、アメリカの軍事基地である。
但だ、彼ら民衆の生活が破壊せらるるのもみならず、社会・道徳・習慣は蹂躙せられ、婦人は堕落せられ、男子は軽賎せられ、その害毒は、遂に忍び難きに到って、無辜の農民・漁民の苦悩の叫び声は、全国津々にたかまりつつある。
貴官、今にしてなおかつ、耳を掩うて、農民・漁民の苦悩の叫び声を聞くことなくして、世界に比類なきアメリカの飽くこと無き侵略を助長せしむるならば、結句、日米両国間、相互信頼の感情を失わしめ、却って両国相互に、嫉視・反目の禍因を作るであろう。
貴官は少なくとも、日本民族の苦悩の叫びを告げて、アメリカの横暴・貪婪を阻止して、基地の返還を強剛に要求することが、貴官の天職である。斉しく近代国家の苦悩とする所は、専ら軍備負担の過重である。されば軍縮会議提案の要請も、またここにある。然るに、日本国においては、アメリカの強制によって、ひそかに不戦憲法の網を潜って、作り出されたる軍備を防衛庁と称しておる。
已来、日々膨大なる国税の濫費を行い、防衛の名目をもって、合法的に日本民族の生産を略奪する強盗団と化したるかと想わしむるものがある。真実に日本国土と、内には内乱騒擾、外には外国の侵略を免れしめんがための防衛は、防衛庁の廃止であり、貴官の退職を先決条件とする。
船田 中殿 昭和三十一年太歳丙申七月八日 日本山妙法寺沙門 藤井日達

この一念が必ず世界をして平和ならしめます。

「アメリカに唆されている」 昭和四十一年三月十九日 茨城県百里原道場

いま日本国の政府がアメリカに唆されまして、終戦後一度武器をすてて今後の世界情勢は武力や戦争で解決すべきではないから、一切話し合いでどんな紛争も片付けようといって、武力を捨てて戦争を放棄しましたが、アメリカは勝ちに乗じて、世界を支配する気分を起こしました。
それでまず日本をその足場にして、それから朝鮮、タイを経て大陸に向かって支配力を進めようとしまして、朝鮮戦争を起しましたが、それがうまく行かなかったので、これは唯足場に日本を使うだけではいかないから、日本の青年を使って再び戦争に立たせようということに腹を変えました。
これは始めは警察予備隊なんていうておりました、遂に自衛隊という軍隊に作り上げてしまいました。そうして自衛隊が今度は飛行基地まで作って、立派な戦闘部隊が出来ました。これは日本国を守りますよりは、アメリカがアジア支配の上に日本の兵隊を使うつもりであります。この間、議会で佐藤栄作が沖縄が若し攻撃されたならば、我が同胞の仲間が敵の攻撃をうけたら大変だから、日本も自衛隊を派遣して、応戦せねばならんと言い出しました。これは社会党が取り消すように申し込みましたが、取り消さないつまりでおりましたところ、どうもあんまり受けが良くないので、遂にそういう事は実は出来ないのだという話にしました。

「クーデターを起さすものは誰か」

この軍隊が出来ればやがて戦争を起し、戦争になります。戦争を起すのみならず、今度軍隊は唯ぶらぶら遊んではおりません、権力を掌握します。その権力を握る為には又軍隊が必要になります。それでアメリカが日本に軍隊を作らせて、その軍隊の幹部はアメリカが教育しております。
そのアメリカの教育した軍隊が、アジアでもアフリカでも、クーデターと申しますが政府をひっくり返して、政権を取っております。政権を取ればアメリカが金を貸し、それから武器を貸してやります。そういうものは皆アメリカの奴隷であります。この世界中をアメリカの奴隷にしょうとして、まず日本国をその足場に使っております。その一つがこの百里原になりました。
戦争勢力に抵抗する日本民衆の平和の祈りがこの道場となりました。お寺は小さくても責任は重いのであります。


「砂川基地の不思議な事故」

ほかにも東京の付近に砂川という処がありますが、そこにも畑の中に小さい小屋を建てまして、そこで平和祈念のご修行をしております。今日までその道場はまだ動きませんが、不思議な事に、そこに石の宝塔様を建てましたときに。防衛庁は建ててはいかないの、取り壊すのと言って居りましたが、その矢先に向こうの飛行機が何か事故を起しましてつまずきました。
それから最近、砂川の裁判でありますが、いよいよ無茶苦茶で、飛行場が出来たことは憲法に抵触しないといってどんどん拡張工事をしております。その拡張工事に日本山の道場が邪魔になるというので、いろいろと取り壊しの接取計画をしておりますが、この間、又大型輸送機が危なくつまずきまして、飛び立つ飛行機が飛び立ち損ひました。大した被害はありませんでした。それで宝塔様を壊すことも無しにお寺も壊さず、中で庵主さんがご祈念いたしておりましたが何事も別に無くて、飛行機だけの事故で終わりました。
もう二度ありました。三度あるかも知れませんが、これは本当に命がけでおらねばなりません。

「祈りが勝てば基地拡張は食い止められる」

今度の飛行機事故はどんな事になるか解かりませんが、最後どんなになりましても、日本国の平和を守る為に、そうして世界平和をいいますが、それは理屈ではいかないのであります。この世界の平和を守る上の大きい力になります。
砂川にしてもその通り。この敵を殺す戦争の力の下に、これを食い止める道を考えていきます。
平和の手段でこれを求めます。是非に人殺しをして、守ったり勝ったりして貰わなくてもよい。
世界のどの国とも、どこの人とも共に仲良く暮らすように祈っていきます。この祈りが勝てば飛行場の拡張も食い止められましょう。若しこの祈りが負けたとき、世界中も又日本もあの広島、長崎の悲惨な姿になってしまいます。

「この一念が世界を平和ならしめる」

小さいからといって侮れません。この一念は神様仏様の三世諸仏のお心に叶い、一切衆生の願いを代表しておるものでありますから、このご草庵が小さくても、此処でお太鼓を撃つ人が少なくても、この祈る一念が必ず世界平和の祈りを叶えて行くのであります。
日蓮大聖人様が佐渡の島で一間四面の荒れ堂で暮らされながら、然しやがて日本国一同に南無妙法蓮華経と唱えることは、大地を的として矢を放つより確かだと信ぜられておりましたが、そのお志を私らも継ぎまして、印度に渡って印度の独立もほんの三、四名のお弟子と一緒に御祈念いたしましたが、不思議として印度の独立を助けました。
ここにこんな軍事基地や政府を前にし、アメリカを前にして、そうして最新式の武装をした軍隊を前に置いて、あなた方の仕事はやめなさい。こちらの方で世界平和日本の平和を守りましょうと声高らかにお祈りをいたします。これが叶えば日本国は安全であります。これは叶わせねばなりません。
人数が少なくても、それからお堂が小さくてもそんなことは問題ではありません。この一念が必ず世界の平和を作らねばならんと祈る、この一念が必ず世界をして平和ならしめて行きます。
南無妙法連華経

迎春

人間は人間を殺さんが為に生まれ足る者ではない、柔和なる其の身体と優美なる其の言語とは、衣冠装束や糸竹管弦も亦、相応する所の其の生活を見よ。生れ乍らにして、母を慕い、少年にして遊戯を好み、青年にして結婚し老いて児孫を愛撫する、一生涯は平和の生活を求めて已まざる姿である。平和の生活は人間の本性である。
人々は闇の深きを恐るるな、そはやがて夜の明けんとする前兆である。人々よ年の暮れるを悲しむな、長閑な春の日はもはや門口に訪れた、夜は明けた、年は改まった、春は来た、我々は広野に若草の如く柔軟に梢にさえぐ小鳥の如く、朗らかに平和の祈り希望の歌を大音声に金剛明鼓の鼓を撃って歌いましょう。南無妙法蓮華経
自衛隊の敵は何処にあるか、自衛隊の敵は平和にある。平和が定着すれば自衛隊の存在は無くなる、日本の平和、この基礎になった平和憲法これが自衛隊の敵となる、そのため、この憲法を壊さねばならない、そうしないと自衛隊が思う様に働けない、自衛隊の敵は日本の憲法、日本の平和。
【年頭法話】 昭和二十八年一月六日

軍隊

軍備全廃が人類最後の目標、そこに世界を導いて行かねばいけない、元来軍隊と云うものの仕事が人殺しなんだ此れが世界に有ってはいけない、軍備がなくても、人殺しをする者が出来る、と云う恐れが有るかも知れません。けれども軍備の無い世界の人殺しと云うのはたかが知れております。
【恩師御法話】 五十六年一月七日 清澄

還著於本人

還著於本人  昭和五二年十月二五日
王舎城の世話をしておる人に、マハラティーという人がおりますが、今はビハール州の上院議委員を努めております。ーー中略ーーー
マハラティーさんに手紙を書いて「私はインドに行かない。私はインドに何一つ悪いことをしていない、それなのに、私に対して御無礼な処置を取った。それが、百姓や労働者が失礼なことをしたのならいいけれども、インドの中央政府がした。
法華経の普門品の中に「還著於本人」というお経文がある。
人を呪ったり、毒を盛ったり、法華経の行者にそんなことをすると。それがかえって呪った人にその毒が巡る。呪いが身に付く、という。そんなお経文。インディラガンディーは別に私に悪意は持っていなかった。しかし責任がある。首相という時に、その内閣で日本山弾圧の指令を出した。私に、日本山に何も過はない。その日本山に秘密指令を発布して弾圧をした。その過がインディラに還ってくる。インディラが罪が有るか無いか知らないけれど、兎に角逮捕された。私はまだ逮捕されない。
インディラ首相は逮捕された。これが日本山弾圧の報い。そんならば、今のデサイ(首相)が好意を持ってあとの王舎城復興計画を進めると言うけれども、それでインドに帰ってくれというけれど、デサイの基盤になっているジャナタ党(人民党)、これがヒンズー教徒の固まり。思想的に仏教弾圧の本家だ。デサイも何と言ったって、その地盤が仏教弾圧の地盤だから、帰っても良くない。帰らない。
私が帰るのには、そちらが取った処置が誤りだとはっきりさせて、そして招待するのなら帰る。そう云うこと。
インドのために、お弟子様方が、あの独立運動の間は随分苦労した。監獄に入れられたり、丸山さんは独立をそそのかしたとして、その文章が日本の方で雑誌に発行された。そうすると、あちらから日本語の判るスパイが来て、私らの足取りを調べる。それで調べて報告した。これは理屈なしに逮捕した。それで丸山さんは牢の中でお断食を始めた。そうしたらインド中の新聞がそれを報道する。
「日本の御坊様が逮捕されて、監獄の中で無期限断食に入った」と。そうしたらインド中の各都市で解放運動が起こった。「日本の御坊様をすぐ釈放しろ」と。それで、英国の統治だったけれど、どうも一人の御坊様を監獄に入れてみたけれど、もしや断食したの、死んだの、ということなると、大層英国の政治がインドの民衆に対して不利になる。
これはもう、監獄に入れておくわけにもいかず、日本に返す。それで、「これから先、またおいで下さっても結構ですけれども、今は時局が混乱しており、あすから、暫くお待ち下さい。そのかわり、二等客船か一等船でお帰り願う。日本にお帰り下さい」
こしたことは、インドの心ある人は知っているのね。それに対して、よくもまあ悪態をついたもんだ。
日本山がこんなに、宝塔様をいくつでも建てる。こんどはダージリンに建てる。そうしたら、驚いてこの金はどこから来たか判らない。「これはアメリカのCIAの金だ」という中傷を採用した。どうも金の出所が判らない。ここだって判らない。あの宝塔がいくらかかるかはだいたい判る。その金がどこから来たか判らない。それはどこか秘密の経路で来た。そこえいろいろ青年が来た。髪が長かったり、これは暗殺団だという。そうかもしれない。それなら今の内に国外退去を命じる。日本山の庵主さんも八木さんもみんな国外退去を命じる。こういう中傷が日本山に対してあったですね。あのインディラが「今日も何本も電報が届きますよ」と言う。その時はその電報の内容がどんなのか私は聞きませんでしたけど、そこで内務省の役人が警察を使って調べた。そうすると麻薬を使う者、お酒を飲む者がいる。「そんなら暗殺団もいるだろう。日本山にあちこちに足場をつくらせないように追っ払ったらいい。」ということで、弾圧政策をとった。そしたら、今度はインディラが金の出所が判らんとかなんとか言って逮捕された。日本山に呪いをかけたのが、そっくり我が身に還った。
マハラティーさんが兎に角ビハール州で上院議員をしておるから、この手紙を公開するといい。そうすると、インディラもその噂を聞く。面白いですね。お題目を弘めておるとインドがひっくり返る。ネパールもひっくり返る。
――中略―――  
日本山の動きというものは、押さえてしまっても、そこで消えるものではない。どこでかまた動きよる。その動く余勢がネパールに反響する。アジアで「ネパールで御仏舎利塔を壊した」ということに対して、ここのランカあたりからも電報で抗議しておる。で、国王も困って、小さい宝塔を作って「落慶法要をするからみんな仏教徒は参れ」と言う。そしたら参らない。「もとの宝塔を作って返せ」という。押さえられている者は深く考えていますからね。ちよっとした誤魔化しではここは動かない。宝塔破壊の王朝は存在を許されない。暴力革命ではないですけどもね、そこまで国民は、ぞっと下のほうで連結してしまう。そして私に「帰って宝塔を建てて下さいと言う」。
宝塔は壊されてもどうもない。 政府が「宝塔を建てた代金の倍を返すから収まってくれ」と言う。こんな金を欲しくて宝塔を建てたんでないからそれも承知しない。今の信者の代表者が、もと国防大臣をしていた。そうして政府のやり方を全部改革しようとした。第一その土地が幾名かの者が持っておって。高い小作料を取って貸す。それで、農民達は働くだけで、生活がみんな奪われてしまう。その政策を変えようとした。そうすると一番土地を沢山持っているのが国王。それが土地がなくなるから、こんな大臣を置いちゃいかないと言う。そんなら辞めよう。辞めて百姓している。それを、宝塔建てたと言って十八ヶ月間監獄に入れた。面白いですね。様々な生きた歴史が作られる。――後略――

開教

開教ということは、大勢の力でやるものではありません。ただ一人から始まるのであります。日本の仏法、伝教大師も弘法大師も道元禅師も、いずれも中国で法を受け、あるいは習って、日本で教えを広められました。ただ日蓮大聖人の仏法のみが中国からも習わず、インドからも習っておりません。
仏滅後二千二百二十五年の間、一人も唱えずに、日蓮大聖人様お一人、初めて南無妙法蓮華経と唱えいだされました。この日本の仏法を海外に広めるのであります。日本の仏法を伝えるということは、彼の国の文化を開くこととなります。言い換えると、世界の人々の心を平和に導いて行くという大きな仕事であります。
皆様方も、己の生涯というものは自分で決めて行くものでありますが、尊い仕事をなさってください。臨終の時、振り返って見て、この娑婆で何をしてきたか、自ら考えねばならない時がまいります。どなたでも、尊いお仕事をなさろうと思えば、出来るはずであります。誰一人なさない時に、一人立って為せば出来る。
昨今、妙な世迷い言がうわさされております。それは一切衆生は劫尽きて大火に焼かるる直前、もはや人類は明日にも全滅するなどと言う噂が聞かれます。
そして、その噂が、みな自分たちの身に降りかかって来た災難のように、今日の人は考えております。
馬鹿げたことでありますが、今時はそういう時になりました。これを「われ一人のみ能く救護をなす」という仏様の誓願を信じまして、その教えを広め人類を救うという大きな仕事に、我が一生を捧げる。そして我がこの五尺の体でなして行く。
「衆生済度」ということは、それが人間の大きい喜びになります。人間を救うことであります。形のないこころの救いを施さねばなりません。これを仏様にお残しいただきました。と信じまして、衆生に伝えていきます。これが出家のお仕事であります。

(1974・4・20 吉野山にて)

海外布教

倉野行陣上人へ  昭和九年正月九日 スリランカ

 台湾開教三ヵ年間の御仏事歴歴として現前し宛ら貴師に会えるが如く感じて歓喜致し候、貴山勧請し奉れる高祖大聖人様の御尊像出現於世の霊験感応の法話不思議とも申す計り無く感涙袖を湿し申し候、此の如きの仏事ありて西天開教も自然に成就致すべく候、
我が西天開教も有りとして記す可き品は一張の法鼓の妙音の中より種々の不可思議の事ども現前して昨今漸く基礎を確立致し候、
日本国に在りて凡そ日本の仏法と云えば先ず多数を頼む念仏の一門、雲水を気取る禅宗の一門、古典骨髄に余命を継ぐ天台・真言等未だなお肩を伍して存在するが如くにて候えども、此所西天に渡れば日本の仏法としては日本山より外に仏殿僧房の隻影だにも無之候、後五百歳広宣流布の時機を南無妙法蓮華経の要法のみ西天一面に轟き渡り候、
是より日本山の西天の弘通は潮の満つるが如く花の開くが如くに候、一人の日本人の外護無くとも全部の日本人の反対あっりとも総領事館の讒言ありとても微動だに感ぜず候、如来の使命は如来の使命の使命のままに高祖のご予言は高祖のご予言のままに寸分違わず西天に実現せしめ申すべきこと確固不抜の信念を把持致し候。


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開教

倉野行陣上人へ  昭和八年十二月三十日 印度にて

日本仏法の末法弘通の方規はただ此の一段の誓願に係り候。英語を喋るく国に行きては英語を喋る者を弟子とし、梵語を喋るく国に行きては梵語を喋る者を弟子とするに非ずんば我が仏法は到底閻浮統一の実績は挙げ難かるべく候、只管所持の仏法の功徳を信じて能持の我が身の才覚を打ち捨て申すべきにて候。
香港開教の具体案承り申候、英国は罪障深き国にて候、此のまま無事に存在する事は諸天の許さぬ重き咎にて候、遠からず浅間しき末路に陥りぬべきこと已む得ぬ自業自得の罪果にて候、英国のために天叢雲の御剣が鞘を払うべき因縁已に決定せるものにて候。
撃鼓宣令の因縁にてその日が近く到来することと存じ候。折伏逆化の大法門頭破七分の呵責にて候、此の義ご再考相成り度く候。


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王舎城日記(2)

三月六日、今朝は霊山参詣の前に水を飲んで道中の困難を克服せねばならない。水を飲んで出発した、昨日よりは足が軽い。
鳥けもの入乱れたる足跡の
虎より太き人の足跡

 就中鹿の蹄の跡と虎の足あとゝが最分明に見える昨夜鹿は虎に喰はれたであろうか霊鷲山の直下が最も虎の足跡が多い。人の足跡が甚分明についておる、誰の足跡であろうかと想ふておる中に霊山の坂道に登りかゝると上から半裸体の道士が二人降りて来た。我等は朝の寒さにおびえて肌着を重ねておるのに此人等なかゝゝ元気そうである。寒くはないかと聞けば寒くは無いと答へた。霊鷲山に登つた人達で最近此人達の足跡を見ておつたわけである、勿論跣足である。佐藤師は地下足袋を内地から用意して来らず、孟買でインドの革草履を買ふて履いた、緒が切れたので一朝跣足で登つたはよかつたけれど底豆を踏出していたみを感ずる。又革草履をはく緒が切れておるので縛りつける。地下足袋を用意して来れば足の問題は無かつたのに。
 帰つたのは九時半、昨日よりは早い往復五時間を要した。今日は御茶を頂くことにした。御茶の終る頃ナーランダ大学の梶山氏が見えた。今日は日曜で入浴に見えた。
 インドに於ける仏教全滅の原因を検討した。何等の結論も出ない。インドに於て回教徒が仏教並にヒンヅー教を攻撃して暴力的破壊をやつた事は真実であるが、其中ヒンヅー教はなほ存在し仏教ひとり全滅してしまつた。回教の仏教破壊の第一目標は仏陀の経典の全滅であり次には僧伽の全滅であつた。三智の大塔や、クシナガラの仏舎利塔が残存したのは其攻撃目標としては弟三次的のものであつたと云はれる、それにしてもヒンズー教の方は四吠陀からウバニシャツド、バカバートギータに至る迄完全に保存されておる。サンスクリットの仏典は一部たりと雖インドに存在して居ない。回教の暴力的破壊だけではかくも完全に全滅を行ふことは出来ない。彼の秦の始皇帝の焚書にしてもなほ壁の中に残存したと云ふ例もある。此インドに於て幾度も結集された仏典が一部も存在しない事は奇怪である。たとひ僧伽に護法の人が無く放逸懈怠の者が充満したと。依法不依人の教訓ある仏法の中に於てどうしても此仏典が広いインドに一部も保存されなくなる所以があろうか。最近に梵本の仏典を二三インドにネパールやチベットから集めてきたことがあるだけでである。仏教僧侶としては十名に足らない。日本からも慈雲尊者の梵漢対照の本が出版されてインドに渡つたと云ふ事である。インドの仏教滅亡に関する限り満足な解答を為し得る者は一人も無い。仏教全滅に関しては深い秘密があるに違ひない。此秘密を白日の下に曝さなければインドに仏教復興は不可能である。此事はインド人に托しても到底不可能である。日本の仏教徒乃至セイロン、パルマ、タイ諸国の仏弟子が負ふ可き務である。
 
 三月七日、今朝は軽快な歩調で霊鷲山に詣ることが出来た。飲食の功徳で此身がさゝへられておる。
鷲の山我も登れば日も昇る
 今日は誰にも出会はない、只虎の往復した足跡だけ恐しく目につく。
しき島の春風通ふ鷲の山
虎伏す藪に花咲きにけり

 ビハール州の首相から手紙が届いた、来十四日迄は暇が無い其已後に会見し度いと云ふ事であつた。十日には王舎城をたつはずになつておるから今後は見参に入る機会は無い。
 満月か満月の前夜かで円かな月影が彼方霊山の方、毘畄羅山の山に出た、満天澄みきつて風もない、ひとりバルコニーに出て眺め入つておると此附近の学校の小供達二三十名を先生がつれてお参りした。
 
 三月八日、午前三時半から目覚めた、霊山の参詣飛ぶが如くに軽快に覚えた。明星天子の光薄らぎ光顕、山頂に曙の色がはなやかになるにつけ脚下がはつきりする。
白々とあけゆく鷲の山路に
先づ眼につくは虎の足跡

 大虎小虎の足跡がなまゝゝしく印されておる。チベットの信者六七名婦人づれが先行しておる、彼等はさすがに大雪山を踏破して来ただけに王舎城のジャングルや虎の足跡など無視しておるらしい。太鼓も撃たずに何の恐怖そうな顔もせないで歩行しておる。
 今日は久し振りに筆硯に対して内地への消息を書く。
 大方広仏華厳経第卅九離世間品に曰く
   仏子菩薩摩訶薩十種の発大事有り何等をか十と為す、乃至、一切如来滅土の後に悉舎利を取て無量の塔を起て種々の妙宝を以て荘厳と為し一切の花一切の夢一切の香一切の塗香一切の末香一切の衣一切の葢一切の幢一切の幡を以て之を供養し諸仏の正法を守護せん、是を菩薩摩訶薩の第三の発大事と為す 又曰く
  彼の諸の如来滅度の後に我当に悉舎利を取て塔廟を起て其塔の高広なること不可説の諸の世界と等しく
如来の像を造りて魏々高大なる事不可思議の(世界の如くし不可思議)却に於て衆の妙宝幢幡僧葢花香を以て之を供養し乃至、一念も休息の心を生ぜず衆生を教化し正法を受持し守護し賛嘆して亦一念も休息の心無かる可し是を菩薩摩訶薩の第八の発大事と為す
華厳経第四十六入法界品に曰く
 或は舎利を分つを現じ、或は塔を起てゝ種々に彼の諸の如来を荘厳す等々
同第六十入法界品に曰く
 或は法師と為りて仏法を讃嘆し譂思誦念し諸の福業を興し塔廟、諸の妙形像を造立して香花蔓以て恭敬し供養す等。
此外なほ以て仏舎利起塔供養の法門あり、華厳経は円満修多羅と称せらる純ら大乗菩薩の行法である。大乗菩薩行に仏滅後仏舎利を取つて起塔供養すべき旨を説く一香一花皆菩薩ならざるはなし。
大方広仏花厳経第十五如来光明覚品に曰く、
 能く正法の鼓を撃つて声十方の国に需ひ無上道を得せしめ玉ふ自覚の法は是の如し
十方国土の衆生をして無上道に入る事を得せしめんが為には、我能正法の鼓を撃つ可きである、もし我能く正法の鼓を撃たば十方国土は其音声に由て大震動を生し此法鼓の音声を聞いて歓喜する者は皆悉く無上道に入る事を得ると云ふは釈迦牟尼世尊道場菩提樹下に於て始成正覚の砌自覚し給ひし処の大法輪である。我等もし本門の戒壇に立て能く正法の鼓を撃たば、其声十方国土に震ひ一切衆生をして無上道に入る事を得せしむべし。我自覚の法も亦此の如し。

  
 三月八日は満月にてインドのお正月の祝ひが賑やかに温泉場も大勢の浴客である。ナーランダ研究所長が随身をつれて来訪された。花岡山の写真帳を贈呈した。「かゝる大事業は仏天の冥加無くしては出来ない」と感嘆された。
 午後甲市から達声師が西域記を携行した。王舎城の研究は西域記と仏国記だけが権威である文献となつておる。インドには何の文献も無い。甲市の日本綿花の社員石川信士が三四名の日本人を案内して参詣された。石橋信士よりの書信新聞を届けらる。妙義山演習地接取解除の報導があつた。閣議決定を覆した民衆最初の勝利の烽火である。
 
 三月九日、霊山参詣明星天子東天に輝き満月天子西山にうすづく、此間清涼の大気を振動せしめて三丁の法鼓霊山に登る。虎の足跡も今朝は少いやうである。西域記に載する霊鷲山の名花キヤニ花、黄金を溶かせし色、梅檀をさしのぐ香気今満山に咲き乱れた大輪牡丹の花の如くである、内地に送るよすがもかな。


20100813-飛ぶ妖精や すみれ花A.jpg

すみれ
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