藤井日達上人

大自在の生活

現代苦悩は皆就着より起これり。執着は名利の両途なり。学校会社階級等は、皆執着の謬りなり。名利を西洋式に組織したるものなり。一度学校会社階級に入れば、人生本来の大道忽然として迷失し、営々として唯その奴隷となる。少年の学校病、青年の会社病、階級の闘争病。無意識の課目に隷従して、死に至るも悔いず。憐れむべきの迷信なり。学校を学ばず、会社に勤めず、階級を争わずして、日々無事に一大事を究明する者ありといわば、今の世で恐らく信じ難かるべし。されども、そは現実の存在なり。釈迦牟尼世尊の教団、和合僧海の生活是なり。 
(昭和5年12月7日 西天開教日誌)

和合僧海

現代苦悩は皆就着より起これり。執着は名利の両途なり。学校会社階級等は、皆執着の謬りなり。名利を西洋式に組織したるものなり。一度学校会社階級に入れば、人生本来の大道忽然として迷失し、営々として唯その奴隷となる。少年の学校病、青年の会社病、階級の闘争病。無意識の課目に隷従して、死に至るも悔いず。憐れむべきの迷信なり。学校を学ばず、会社に勤めず、階級を争わずして、日々無事に一大事を究明する者ありといわば、今の世で恐らく信じ難かるべし。されども、そは現実の存在なり。釈迦牟尼世尊の教団、和合僧海の生活是なり。 
(昭和5年12月7日 西天開教日誌)

誕生の意義

誕生の意義
人間は、生まれるということの意味を考えなくてはならないと思います。偶然に生まれたのでもなければ、悪いことを、何でも勝手にしていくために生まれたものでもない。人間に生まれたということは、動物一般の生まれたのと違って、今日、自分がすることが善ければ、善いことであります。自分がご馳走を食べた、麻薬を吸った、酒を飲んだ、そんなことは良い事ではありません。
人のためになる善いこと、世の中のためになる尊いことをすること。これが現実の世における誕生の意義であります。日蓮大聖人様の誕生した意義が、何か解りまっせんけれども、現実に尊い法華経の御修行をなさった。仏様のお使いとして尊いお仕事をなさった。それから振り返って、その善いことした子供を生んだ御両親も、また不思議な因縁の人、あるいは仏様が生まれ変わって御両親になったかも知れない。それは解りません。
それとも、法華経の座に現われた諸々の菩薩方の生まれ変わりかも知れない。自分でが善いことをしますと、御両親が尊くなります。今、親不孝をしあす子供は皆、自分で悪いことをする、自分を産んだ親を軽しめ憎みます。自分で悪いことをしたんだ。これを親が悪いように考えます。今日、自らすることが善ければ、生れて来たという意義が尊くなります。
(昭和五十七年八月六日 広島道場御誕生会)


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行阿院様墓前(身延山奥の院)   

観心本尊鈔ー本尊を誤ってはいけない

観心本尊鈔ー本尊を誤ってはいけない
昭和五二年十月一八日
ただ今拝みました御書は観心本尊鈔と申しますが、日蓮大聖人様御一代の御著述中でも、最も大事なものであります。その現本は千葉の中山の法華経時寺に残っております。
宗教は、全て簡単に提示しかすと「礼拝するものなり」という定義があります。西洋人が、そんなことを定義しました。明治時代と思いますが、東洋の宗教を少し調べました人が、「宗教とは、礼拝するものなり。拝むものなり。」と言われました。その拝むものは、目当てが要ります。こちらが拝みますと、拝まれるものが向こうにいるわけであります。その拝まれるものを表現しました。それが本尊であります。
仏教となれば、仏様として拝むことが間違いのないことであります。
仏様の教え、そうして仏様の尊いことを信じまして拝みます。これが素直に素直に伝わりましたのが、このランカの仏教であります。マハボディーに詣りましても、それから、どこのお寺に詣りましても、お釈迦様を拝んでおります。これは間違いありません。仏教に違いない。
仏様は、拝むに価するという評価は、誰もこれは誤りだという者はありません。世界みんな、ことごとくお釈迦様を尊いものだと言います。これに異存することなく信じております。仏教徒であります我々はお釈迦様を本尊として礼拝します。これは間違いありません。
それがその、簡単にお釈迦様を拝んでおるとよかったんですが、大乗教というものが説かれまして、その中に、様々の仏様達や菩薩方が現れて来て。現れて来ても、それを拝まねばよかったのですけれども、それを拝むことにしました。拝むこともよろしいんですけれども、それを拝むために肝心のお釈迦様を忘れて捨ててしまいました。
例えば日本に伝わりました南無阿弥陀仏の浄土宗の一門の人々は、何処へ行っても阿弥陀堂がありますが、お釈迦様のお堂なんていうものは建てません。阿弥陀様は造立しますけれどもお釈迦様を造りません。書きもしません。お釈迦様を礼拝することを忘れまいた。朝晩あの阿弥陀様を礼拝します。
もう一つ日本で流行っております真言宗であります。これは随分迷いまして、密教というものは何か、仏教の発達した形式のように考えます。大日如来というものが出て来ると、これはお釈迦様よりも慈悲も深いし寿命も長い、功徳も広大だ。そうなりますと、その時には、お釈迦様を礼拝の対象とせずに大日如来を礼拝の対象にします。で、
お釈迦様はどんな位置になるかというと、お釈迦様は、悪く言うと、大日如来の牛飼いだという。草履取りという。こんなことを真言宗の御坊様が書きましたので、弘法ではありませんが、日蓮聖人が咎めなさった。どこのお経にそんなことがありますか。仏教徒というならば、お釈迦様を忘れることすらけしからんのに、それだけでなく、お釈迦様を出して来て大日如来の牛飼いだの、そんなことをいう。これが大乗仏教、日本の仏教の間違いであります。
で、阿弥陀様を拝むのと、大日如来を拝むのと、二つの御本尊が今度はお釈迦様の前に出て来ました。そちらもこちらも威勢がよくて、お釈迦様を拝む人はなくなりました。それが、大乗仏教の誤りであります。そこを日蓮大聖人様が折伏なさった。日蓮大聖人様が八宗をみなさって、「どれも仏様になれない、成道の道ではない」とおっしゃる。その根本は、お釈迦様を離れて色々な本尊を拝むから、それが悪いという。「諸宗みな本尊に迷えり」これは開目鈔にそう説いてあります。本尊を間違い、一度、大日如来に迷いますと「これはたいそう、大日如来は、お釈迦様以上に非常に功徳が具わっていて、どうも、広大な深い慈悲がある」などどと言い出してしまいます。
理屈を好むものは、それでもよろしい。ところが、拝むこちら側は凡夫であります。何のために拝むか、と言いますと、一番先に我等の心の中に浮かぶのは、欲であります。欲の為に拝みます。欲はどこから起こるか、というと、生活という問題が、誰にものしかかります。その為には、お米がいる。着物がいる、住居がいる、というようなこと。それを与えてくれるもの、それを拝む。それは悪いことではありません。
ところが、ご飯をいただいて、住居があれば、人間は欲がないとよかったのですけれども、沢山色々欲張りまして、賃金闘争という言葉があります。一生懸命争う。欲張った姿であります。
で、この欲張りが対象になるもの、欲張りを、欲心を、満足させてくれるもの、それを拝むようになります。これが創価学会の板曼荼羅であります。
お祖師様のお認めなさったものだと言うております。それは判りませんけれども、ともかくお祖師様もこの本尊も、幸福製造機と申します。拝めば幸福がさずかります。幸福とは何ですか。それは、お金が儲かること、病気が治ること、商売が繁盛する、子孫が繁盛する、それが欲であります。その為に拝む。それが近頃は、そんなことを創価学会が言い出しました。みんな欲面に迷いました。儲かる事ならば拝もうという。
で、その以前に、真言がやっぱり、大日如来は広大な功徳があるなんてことを言う。それはちょっとこちらには縁が薄い。金儲けになるために拝むような仏様・神様でなくっちゃいかんと言う。それならば、真言の不動様というのがあります。不動様を拝むとお金が儲かります。大乗仏教は、とんでもない間違いを犯しております。
元来、この娑婆世界の人間界の悩みは、欲心が根本になって、あらゆる間違いが起こります。泥棒もこれから起こります。様々な間違いがは、みな心の中に潜んでおるこの人間の欲心であります。これを統制して、清めて行くことが仏法であったものが、これに油をかけて、火をつけた。これが大乗仏教の間違いであります。それで、この本尊様を間違えてはいかない。
間違えなかった系統を、今この御妙判に引かれてあります。小乗教の仏様は、迦葉・阿難を両脇に置いて、これは、ランカの仏教などは、お寺へ行ってみますと、みなそうであります。お釈迦様の両脇が迦葉・阿難であります。その次に、権大乗となりますと、小乗教の時に出て来なかった文珠菩薩の、それから弥勒菩薩、そんなものが両脇にあります。お経がその人々を相手に説かれてあります。それが大乗教の入り口の権大乗教。次に法華経の中の迹門といいますが、序品から寿量品の前になるまで、それもお釈迦様が中心ではありますけれども、その脇に立っております。脇士と申しますその脇立は、文珠・普賢、こういう菩薩方が立っております。
法華経の序品から見ましても、やっぱりそんな菩薩方が顔を出します。それは間違いではありません。とにかく、お釈迦様を中心にして、お釈迦様のご説法の下に連なったお弟子方、これを脇におきました。そこまではよかった。
大日如来の、阿弥陀仏の、稲荷様の、そんなのが来てから、もはや仏教は収集のつかない邪道におちました。主人を失ってしまった。それで、本尊様はお釈迦様であります。お釈迦様がお経を説れた時に、様々のお弟子様が出てきます。その中で、この法華経の如来寿量品の説かれる時には、お釈迦様のお自我偈と申します、ご自身の性格を示されました。如来秘密神通之力、それが如来寿量品の始まり。それを説こうと言うのであります。で、如来寿量品を以て、本尊様と定めた時に、お釈迦様になります。
そのお釈迦様が、あなた方は、この釈迦牟尼世仏を、近頃ガヤで成道した仏だと思うているが、それには間違いだというのです。時間的に、無始の始め、始めなき始め、から仏様に成ったのです。その仏様が、衆生済度のために、今度も人間界に、また生まれて来た。けれども、人間界に生まれて来たけれども、当たり前の人間ではない。仏様が仏様の秘密神通之力を示すために現れて来た。その御釈迦様を祀らねばなりません。
その御釈迦様は、脇立が、その始めなき、時間的に始めなき始めから、教化してお弟子として育てた菩薩。それが上行・無辺行・浄行・安立行という四大菩薩。大地から湧いて出たと申します。地涌の菩薩であります。それを脇立にせねばなりません。その上行等の四菩薩を脇立にする御釈迦様、それが寿量品の仏様。

そうすると、今現存の御釈迦様はどうなるか、それを表現するために、久遠の昔から仏様になられたお釈迦様。それをお釈迦様というと、阿弥陀様に比べたり、大日如来に比べまあす。それらの一切の仏を総合し、一切の仏が久遠の昔のお釈迦様と、ここに現れたように、阿弥陀様とも、大日如来ともなって現れ、様々の気根に応じて、名前を変えて現れた。一切の衆生を救う宗教的な礼拝の対象となるものは、みなこれ、我が一つの遠い時間の中における衆生教化の姿に他ならない。それが寿量品の説であります。
名前を様々変えてあったが、どの宗教も、その久遠の昔に成道なさった如来寿量品の仏様。その一端・一面であります。
衆生の気根に応じて姿を示す。その時にはやはり、仕方がありません。子供が欲しいという人には、鬼子母神様という形をとって現れる。幸福や金が欲しいという人には、大黒様にもなるんです。けれども、金が欲しくて拝む、子供が欲しくて拝む、そういう仏様は、一つの気根に応じた救いの姿であった。如来の本来の神通・秘密力ではない。枝葉の仏様。例えば、天の月が様々の池に映っておる。同じ様な姿であります。そういうものだと説いてあります。
ところが、日蓮宗では、この釈迦・多宝の仏様を脇にして、南無妙法蓮華経を中心にしてあります。お曼荼羅様というものは、そういうものであります。
そこで、日蓮宗の学匠が、日蓮宗の御本尊は、法だ、南無妙法蓮華経という法だ、という解釈しました。けれども、観心本尊鈔を今拝んでみますと、本尊はみんな、仏様や菩薩方の姿でありました。法などではありません。法をもってますことは、あらゆる救いの本尊となるその本体は、お釈迦様でもいかねば、阿弥陀様でもいかない。総体的なものに考えますから、絶対的なもの、それを示すために、仏様の名ではなく、南無妙法蓮華経を以て示します。このお題目であります。
そんなら、お題目は法かというと、そうではありません。如来の秘密であります。如来なんです。無作三身の法宝を南無妙法蓮華経と言う、と御義口伝に説かれた。けれども、この本尊は、南無妙法蓮華経というから、人ではない、と考えることが学者の間にあります。最近の学匠で、戸頃重基という人が居りまして、金沢大学の教授をして亡くなりました。この人が、法本尊を唱えて、たくさんの書物を書きました。法本尊を主張し、私の所へも本を送って来て、これは、法本尊は、老師のご意見と相違します。といって送って来ました。私、それに対する意見を述べましたものがあります。「人」であります。
本尊鈔を拝んで見ますと、仏像が末法に始めて出現する。釈迦多宝の二仏を脇士とします。他の阿弥陀・大日等の仏様方、これは迹仏迹像として大地の上に立たせる。そう説いてあります。この本尊鈔、それと報恩鈔、これは今朝拝みました。この二つの御書に三大秘法の中の本尊様が細かに説かれてあります。
両方よく拝まねばならない。もう一つは日女御前御返事というのがあります。
御婦人でありましたけれども、お相手になっております。そこにご本尊様のことが説かれてあります。
南無妙法蓮華経は、「法」でありません。「人」であります。南無妙法蓮華経

昭和五二年十月一八日 スリランカ国スリーパーダ(仏足山)

王舎城の復興と麻薬青年

王舎城の復興と麻薬青年
 次に王舎城の復興であります。まず竹林精舎の復興を計画致しました。その設計は日本山のインドのご信者に頼みそれに従ってもう工事が始まっております。これは四面三十三間の大きい建築でありますが、王舎城には大勢の人が集まり、その宿泊所がありませで、それにもあてます。ここが落慶しますと、日本から文化事業を起こす人々が集まり仕事が出来ると思います。
所詮、今後の世界仏教はサンスクリットの研究でもなければパーリ語の研究でもなく、現代から未来にかけて仏法を人類界の上に役立てていくにはどうすればよいのかということが問題になると思います。そのめの研究の場所を造ります。日本にも仏教大学はありますけれども、どの大学からも宗教家というものは出ておりません。
物知りだけが出て、習った学問で渡世をするというだけであります。日本の仏教大学を出た者のほとんどが現代の人類の為に何の役にたっていない。
役に立つ仏法ーー日本の仏法を王舎城で教えねばならい。それを復興させて、世界の平和、人類の救済にあたらねばなりません。今後の王舎城の仏教大学は、日蓮大聖人さまの立正安国論のご講義になると思います。そうすれば日本語も教えなければなりません。あらゆることに間に合うように設備しておきたいと思います。
だいぶ前のこと、多宝山に宝塔建立する時に、ときの大統領が日本山に三百エーカー提供すると、こちらから頼まないのに言ってきました。
多宝山に宝塔が建って、そこに日本の漫遊の青年たちが集まり、悲しい事に麻薬を吸っておりました。麻薬を吸って何か錯覚を起こして、楽しい世界が見えるとか仏教の信仰がこれで出来るとかいうことで大勢集まりまして、麻薬の毒にあてられて一日中ふらふらしてご修行もしません。ただ雑談にふけってり楽器を弾いたりして楽しく暮らす。これが警察に知れ、政府の耳に入りました。そして中傷が起こりました。「日本山は麻薬青年を集めて宝塔を建てている」。これが飛躍して
「日本山の裏にはCIAの手が入り、そこからお金が出ている」などと言われ、たちまちこの三百エーカーの話は立ち消えになりました。麻薬を吸っていた貴方に、麻薬を吸う事は悪いとも良いとも私は申しませんけれども、日本山に入ってそれをなさったことが日本山の西天開教の躓きとなった。この罪は貴方がたが負わねばならない。
それで、インドの政府がそういう見解に立てば、もはや私がいても布教は難儀するだけでありますから、インドを立って他にまいりました。それがヨーロッパ開教となりました。 (1979年9月28日)


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竹林精舎


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竹林精舎 日本山妙法寺   

其人行世間、能滅衆生闇

日蓮宗がいつも弘まらなかった原因は、檀林なんかを作りまして、天台の教学等を一生懸命に勉強して一生暮らしました。これが悪かったんです。今日でも大崎を出て博士になりました人はあっても、その学問で、仏法が、御題目が弘まったなんて言う話を聞きません。御祖師様の御主旨、法華経を弘めた者は、ただ末法の要法として残された南無妙法蓮華経を唱うる人が弘めました。
私も大崎を出まして、他宗の留学も十年来いたしましたが、御題目を弘めるという一段に到達した時、全部捨てました。
太鼓一丁持ってフラフラと歩き廻ることをしました。この時に、寺を建てたいと思うて歩き廻りません。ただ御題目を唱えて歩き廻りました。「其の人、世間に行ずる」ー「行ずる」なんていうから解らんけど。「行進する」ことであります。
本化地涌の菩薩、その上首、四大菩薩。皆行進しております。上行、無辺行、浄行、安立行。安立行まで歩きます。歩かねばいかん。「行進」のその文字。それで私の名も先師から伝わったように「行」の字をとって、出家した時に「行勝」と名うぃ頂きました。「行勝」で今まで通りました。
歩きました功徳、御題目を唱えた功徳、他のことは何もしませんが、それが一閻浮提に広まりました。

日本の仏教、天台、真言、一番多いのは念仏,禅、今日世界に弘まりません。世界を動かしておる日本の仏法=南無妙法蓮華経 。この一言であります。
南無妙法蓮華経と唱えてまわったお弟子方が、一夜泊まった町が、平和都市の宣言をしております。それがいくつもあります。もう一つは、お弟子がたが泊まった町が世界平和の日というのを決めました。
世界平和の記念日、それは日本山のお弟子が歩いて泊まった日だという、それが幾つもの町で出来ております。世界にこういう不思議なことがありましょうか。何も講釈したわけでもありません。ただ玄題旗を立てて太鼓を撃ってまわった、宿をもらっただけであります。
「其の人、世間に行じて、能く衆生の闇を滅す」ーこの経文が実証せられました。 (昭和五十七年八月六日 広島道場御誕生会)


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インドは全暴力を却くべきである。

インドは全暴力を却くべきである。
カカサーブに答うる書  (昭和四十年十二月一日)
南無妙法蓮華経 去る十月朔日記の御手紙、今井氏帰朝の便に托して贈り給わりました。忝く拝見いたしました。
私が平素、印度の国に対して期待している点から、印度の最近の状勢を憂うる余り、筆を執って、先生の御一覧を煩わしました。然るに私の言う所が、全く理解できないとて、今度、叱正を被りました。そこで、さらに私は、是非に先生に理解していただきたいと希う心から、また重ねて筆を執って、ご不審にお答えいたします。
御文に曰く「一、印度政府は軍隊を組織しております。世界中のどこの国でも、軍事力によって、国土を防衛する権利を認めております。インド政府もまた、これを認めております。」
答えて曰く、近代国家の発生以来、人類の苦難は、戦争によって圧倒的になりました。戦争は国土防衛、その他の理由により軍隊によって行われています。
日本国ごときも、平和憲法を制定しておりながら、国土防衛のための名目をもって、軍事力を持つことを自他ともに許しております。しかしながら、日本国の平和は自衛隊と称する軍隊によって保障されておるのではなくして、反対に、戦争を憎しみ、軍隊を嫌う国民の平和的信念によって持たれております。
それ故に、政府は昼夜、軍人募集に狂奔しておるにもかかわらず、いつも軍隊は大勢の欠員を生じております。
米ソをはじめ世界の人々は「一切の戦争を廃止せんがために、一切の軍備を廃止せねばならぬ」と言うことを論議し始めました。
いわゆる軍縮会議が提案されております。印度が一片の武器をも持たずして、独立自治の政治革命を達成せしことを、全世界の人々は驚くべき興味をもって注視しました。
世界の人々は、恐るべき戦争の呪いから救われたいと望みながら、しかも、その救われる道を知らないのが、現代の悲劇であります。そこで世界の人々は、印度の非暴力による独立自治の運動の成功が、すなわち、世界平和のための輝かしき光明と、弑虐の地獄からの救済の唯一の方法であることを感じました。
これによって、第二次大戦終了後の印度の平和外交は、アジア・アフリカ諸国民族を蘇生せしむるのみならず、世界を風靡しました。

ガンジー翁はかって「私は印度が非暴力の福音を人類に告ぐることこそ、印度の使命であるという、揺ぎない信念を持っている。その発展には長い年月を要することであろう。しかし、私の判断する限りにおいては、他のいずれの国といえども、印度に先んじて非暴力の福音を人類に告ぐる国はないと思う」と断言しました。
私も印度の尊き使命を、此の如く信ずるが故に、印度が軍備を持ち、軍事力によって、国際紛争を処理せんと欲する政策を悲しむ者であります。
ガンジー翁の【試練の時】に曰く「私は、印度は自国の境界を護らんがためでさえ、全暴力を却くべきであるという信念を表明せねばならぬ。印度が軍備競争に入ることは自殺行為である。印度が非暴力を失えば、それで世界の希望が失われてしまう
御手紙に曰く「印度人は皆、ガンジー翁を尊敬しておりながら、全部の人々が皆、ガンジー翁の非暴力を肯定しておるわけではありません。」
答えて曰く、ガンジー翁も、かって言われました。「印度は自国内に、非常に多くの好戦的民族を有するから、彼等は敢然と戦うことを望むであろう。これは全く本当である」私も先年、印度各地、特にパンジャーブ州を巡って「敢然と戦う」という議論を数々聞きました。
日本国も第二次世界大戦終了までは、全国民が好戦民族であるかのごとく、自他ともに眺めておりました。然るに、日本国民が聖戦と称して、多年、他国と戦争し、敗戦降伏するにいたって、初めて戦争の本質が罪悪であり、悲歎であることを知って、翻然として、平和民族と変化いたしました。平和の指導標として、全国に五十余基の御仏舎利塔を建立しつつあることは、正に平和国家の象徴であります。
印度も一部の交戦論者に引きずられて、軍備防衛を肯定することは、印度の自殺行為であります。ガンジー翁の偉業を壊滅さする所以であります。私は印度が軍事行動によって、外交問題を解決せんとすることを歎く者であります。
一、中国に対するご質問「中国の地図には、印度領土を勝手に中国領土であると発表する」
答えて曰く、印度が領土権を主張する所にも根拠がありましょう。中国が、またその地図に、領土権を主張する所にも根拠がありましょう。それは、中印両国の政府間の話し合いで解決すべきものであり、両国の軍事行動によって解決すべきものでないと信じます。
また御不審に曰く、「中国の要求するがままに、領土を与えるならば、その次tあ悪いことと考えます。したがって、その対策は立つる必要がありません。しかしながら、多くの印度人は、中国に対して、此の如き不信と恐怖とを懐いておられるであろうと察します。これに対する解答は、すでにガンジー翁が提案されてあります。すなわち【英国人に訴うる書】は、それが解答であります。
貴方達や、人類を救うためには、その持っている武器は、無用の物として捨て去ることを希望する。あなたたちの所有に帰している国々を、欲しがっておるヒットラーやムッソリーニを招き入れなさい。たくさんの美しい建物のある、美しい国を与えてしまいなさい。あなたたちの魂と命のほかは、すべてを与えてしまいなさい。」
私はガンジー翁のこの訴えを今、印度の人々に訴えんとする者ではありません。それは、中国もパキスタンも、こんなことを要求せないからであります。しかしながら視野を拡大して、世界から戦争を排除し、国家から軍備を廃止せんがためには、結局、此の如き覚悟をも、また必要であります。
また曰く「他国の侵略に対しては、自己防衛のために戦うことが、当然の義務である。」軍人は、自己の職業たる戦争たる戦争を正当化せんがために、種々の理由をつけております。
「自衛」も「国防」も「正義」も「平和」も「友愛」も皆、戦争行為の理由としております。現在、世界の人々から侵略者として、非難の的となっておるアメリカの越南(ベトナム)戦争でさえも、これから「正義」「平和」などと、多くの理由のために、やむをえず戦っておると申しております。
私が、印度の人々に対して、戦争行動の停止を呼びかける所以は、印度が貧弱なるが故にとか、また印度が敗戦するが故にとか、という意味ではありません。戦争という行動が本質的に罪悪であり、戦争の結果は何らの解決をももたらさないものなることを、私が体験せしが故に、その停止を訴える所以であります。
何の怨恨もなく、何の罪悪を犯さない人間同志が、相互に殺傷し、残害する戦争を、正当化する理由は、どこにもありません。特に今日、行われつつある非人間的な爆弾、毒ガス、細菌戦争等々、いかにしても、こえを「正義」と呼び、「平和」と呼び得るはずはありません。戦争行動において、勝たんがためには、敵が野蛮にして、醜悪なる戦争手段を用うる時には、さらに我もまた、これに勝る残虐手段を採用せなければ勝てません。
戦争手段の残虐から残虐へと、大量殺人から大量殺人へと、驀進する結果が、原水爆の出現となり、人類全滅の呪詛となりました。人類絶滅の恐怖も、その最初は「自衛」「国防」「正義」「平和」のためと言って、国家が武器を採用したという、唯だこの一事であります。


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アヒンサ

アヒンサ 3 (昭和三十八年頃)
中印国境紛争についてこれを案ずるに、中共は元来殺人破壊を前提として社会革命を遂行せんとする唯物主義の暴力的国家である。インドは元来非暴力を前提として政治革命を達成せる道徳的平和国家である。
すなわち平和の手段をもって平和の目的を達せし革命歴史上空前の平和国家である。
かくのごとく建国の基礎を異にする中印両国の紛争は、暴力と非暴力との対決であり、殺人と不殺生とのトーナメント(競技)である。
「諸君が、外国の侵略に対するには武器を採るより他に方便はないと考えたり、または日々起こる騒擾・暴動・反目の鎮定には、武器なくしては不可能であると考えるならば、それは誤解も甚だしいものである。
組織だった非武装の抵抗は、深夜家宅に侵入せる盗賊に対するよりも、容易に処置ができ、それが最高の形式のアヒンサと呼ぶに相応しいものである」
「外国の侵入に対して、インドは防衛力を持っていないという者がある。私は彼らが非暴力を信じぜざることを知って落胆した。非武装のインド民族がこの広い分野において、非暴力運動に集結することが、インドを護る唯一の武器であると信ずるものである」
「インドの好戦的な人々はどうであろうか、と不信に思う。私はそれゆえにこそ、会議派の人々が祖国を防衛する為に努力すべきことは、シャンティ・セーナの結集であるという。これは全然新しい防衛の試みである。会議派の他に誰がそれをなし得ようか。会議派は一つの分野において成功した。もしわれわれが非暴力部隊を充分に訓練していたならば、この新しい分野において成功することも。また確実である。」
「問一、強力な独立国家インドは、自己保存の手段としてサッティヤグラハを国の手段として採用する時に、インドは他の独立国家によって、あるいは侵入されるかもしれない。そのとき、いかにして自国を防衛するでしょうか。辺境において侵入軍勢に対抗すべくサッティヤグラハ的行動形式はどんなものでしょうか。あるいはサッティヤグラハ運動者達は敵手が国を占領してしまうまで、行動を差し控えるでしょうか。
答。私は国家は人民の大部分が非暴力であれば、非暴力を基礎として管理され得ると信じる。インドはそんな国家になる可能性を有する、広い世界の中において唯一の国である。
インドが純粋の非暴力を通じて独立すると仮定すれば、インドは同じ手段によってそれを保持することが出来るであろう。もし最悪の事が起これば、非暴力には二つの道が開かれている。第1の道は所有物を譲渡する、しかし侵入者と協同しない。
このようにネロの現代版がインドに下れば、インド国家の代表者たちは彼を侵入させはするが、人民の援助は何も得られないぞというだろう。人民は服従よりもむしろ死を選ぶであろう。
第2の道は、非暴力的方法を訓練されてきた人々による非暴力的抵抗であろう。彼等は侵入者の大砲の前に糧秣(りょうまつ)として非武装で我が身を差し出すだろう。
両方の場合、その根底にある確信は、ネロといえども全く慈悲心がないとは考えないということである。男女みな侵略者の意思に身を保全するよりは、天真に死んでいく。その思いがけない、後から後からと続く光景を見ては、その侵入者の兵士といえども心を和らげるに違いない。実際的に言えば、この場合、武力抵抗するよりも人的損害が恐らくは少ないであろう。
軍備要塞の支出は全然ない。人民がかく訓練された時、その道徳的水準は想像もおよばぬほど増すであろう。その男女たちは武力戦争において示されるものよりは、はるかに優れた種類の勇敢さを示すだろう。どの場合にも、勇敢さは他人を殺すことにあらずして、自己が死に赴くということである。
アヒンサという法則は、国境や国土を防衛する法則ではない。アヒンサ(非暴力)という法則は、人類の生命を守る法則である。近くは国民の生命を守り。広く世界人類の生命を守る法則である。」
「私は貴方たちが敗北したからいうのではなく、戦争なるものが本質的に邪悪なるがゆえに、戦争停止を訴えるものである。貴方たちは戦争に勝つことではない。なぜなら貴方たちは、ナチスよりもさらに冷酷にならなければならないから。
いかに正義のためとないえ、昼夜間断なき無差別の殺人破壊は、決して正当化されるものではない。今日行われている非人間的な戦争を、正義と呼び得るはずはない。私は英国が負けることを希望もしていない。貴方たちが、ナチスとその醜い戦争を行うことを望まない。私は貴方たちに最も勇敢なる兵士に相応しく、より気高く、より勇敢な道を示したいと思う。
私は貴方たちが非武装にして、非暴力の武器をもってナチスと戦われんことを望む。貴方たち自身、ないし人類を救わんがためには、その手にしておる一切の武器を、全然不要のものとして放棄せられんことを希望する。
貴方たちの国家を略奪せんとしておるヒットラーやムッソリーニを招きいれ、その沢山の美しい建物の建っておる美しい国を、彼らに与えてしまいなさい。
もしナチスが貴方達の家に住みたいというなら、その家を明け渡しなさい。
また、われわれよりもずっと賢明なる貴方達は、このアヒンサという比類なき新しき武器をもって、ドイツやイタリアの友人に対する方針とせられたならば、実際、過去数ヶ月の欧州の歴史は異なったものとなったであろう。欧州には無辜の人々の血と、小国に対する暴行と、増悪とは、なくてすんだであろう」
以上は、第二次大戦の初めにマハトマ・ガンジー翁が英国に訴えた言葉である。今日、私はこの言葉を挙げて、インドの諸君に訴えたいと思う。もしこの言葉が中印国境紛争解決に利益することがあれば、私の本望である。
     (昭和三十八年頃)

忍辱

【忍辱】
忍辱も忍べば、それが菩薩行の修行であります。忍辱なき所には菩薩行は成り立ちませぬ。人を救い,世を救う広大不思議な力は毎に忍辱を忍ぶ人のみが持つ力であります。忍辱を忍ぶ力を養わんが為に出家の生活が人中に営まれるのであります。

インデアン

 大使命を自覚し、大使命を自信して、インデアンの中に法鼓を撃って往きなさい、如何なる結果を生じようとも少しも見る必要は有りませぬ、為さねばならぬ菩薩行を為すのみであります。・・・・・・・人を救う者は、自ら極貧の生活に甘まんぜねばなりませぬ。

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